(りんご 69歳 男性 無職 青森県)

 

2007年の夏、私を含む日本の熟年層は投資信託ブームに熱狂していました。

日経平均は18,000円近くまで上昇し、連日のように年初来高値を更新し続けていました。

メディアも投資をすることをあおっていました。熟年層の間では貯蓄は定期預金に預けておくよりも投資にまわすべきだという論調が優勢になっていたのです。

日本人もアメリカ人を見習って資産の半分を投資に回さなければいけないというエコノミストもいました。

私のような熟年層は株やFXではなく、投資信託に資産を預ける人が多いようでした。

株やFXは売り買いの瞬発力が必要ですが、投資信託は基本的には長期的に保有するものだということが理由です。

テレビで、貯金の半分を投資信託に回しているというおばあさんがインタビューに答えていました。

そのおばあさんが持っている投資信託は毎月3万円ほどの配当をもらえ、年金の足しになってとても有難いということでした。

その時、私の心の中で投資をしたいという欲求の火種がともりました。

投資信託は株やFXに比べて危険度が少なく、しかも毎月配当がもらえる。さらには基準価格自体が上昇し、配当以上の利益をもたらしてくれるかもしれない。

私の気持ちは揺れました。小さく揺れていた投資欲の火種はやがて大きな炎となってメラメラと燃え始めたのです。

『投資信託だ。ジジイの私に向いている投資方法は投資信託に違いない。』

心の底からそう思いました。

そして私は自分の貯金の9割にあたる3000万円を使ってひとつの投資信託を購入しました。

私が購入した投資信託は『グローバル好配当株オープン(通称:グ配当)』というものでした。グ配当は日本株とアメリカ株の中から高配当株を厳選して組み込んだ投資信託で、今でも存在する有名な商品です。

その名のとおり、当時は1口あたり毎月60円という高配当がついていたのです。購入時の基準価格は13,000円でした。

3000万円を13,000円で割ると2307口になるので、毎月の配当額は60円×2307口=138,420円でした。

国民年金とは別に毎月14万円近くの不労所得が得られるという事実に、自分が特権階級にあがったような感覚になりました。

銀行口座に初めて配当金が振り込まれたときは身震いが止まりませんでした。わたしはグ配当を買ったその日から、毎日がとても楽しくなりました。

NYダウも日経平均も上昇を続けていましたし、もしかしたらグ配当の基準価格はすぐに倍くらいになるんじゃないかと期待していました。そうなれば3000万円の元手が6000万円です。

「貯金がなくて今この流れに乗れない人はかわいそうだな」と思いました。

それまで銀行に預金していても、一年間で2万円弱しか金利がつかなかったのが、毎月14万円の配当です。年間にしたら166万円ものあぶく銭が入って来るのです。お金を銀行に預けていたことを後悔しました。

同世代のみんなにもこのことを教えてあげたい衝動に駆られていました。世の中の無知な人たちの目を覚ませてあげたいと思っていました。

わたしは浮かれていたのかもしれません。

 

グ配当を購入してから1カ月程がたったある日の夜、私はNHKの9時のニュースを見ていました。

番組がそろそろ終わろうかという時に、女性アナウンサーが不穏(ふおん)なニュースを伝えたのです。

 

『先月度のアメリカの住宅着工件数がエコノミストの予想に反して減少しました。専門家によりますと住宅着工件数はアメリカの経済成長を反映しやすく、今回の結果はアメリカ国内の景気が頭打ちになっていることを示唆しているのではないかということです。過熱気味だったアメリカ経済に陰りが見え始めたようです。』

 

私はこのニュースを聞いたとき、気持ちの悪い予感がしたのをはっきりと覚えています。ほんとうに何気ない1分程度のニュースだったのですが、どうも心にひっかかるものがありました。

特に女性アナウンサーの「アメリカ経済に陰りが見え始めた」という言葉に言いようのない不安を覚えたのです。

投資の初心者であった私であっても、アメリカ経済が傾いてNY株が下がれば日本株もつられて下がるという知識は持ち合わせていました。『アメリカが風邪を引けば日本が風邪をひく』という金融格言もどこかで聞いたことがありました。

私が3000万円で購入した『グローバル好配当株オープン』はNY株と日本株で構成されている投資信託です。アメリカ経済と日本経済がダメになると間違いなく打撃を受ける商品であることは簡単に想像できました。

当時、ニューヨークダウは過去最高値を更新し続けていたし、日経平均株価もバブル崩壊以来の高値を更新していたので、日本国内はまだまだ投資熱がムンムンしていました。私もそんな雰囲気に安心しきっていたひとりだったのです。

だから「先月の住宅着工件数がエコノミストの予想を下回ったからって、そこまで心配する必要はないんじゃないの?次回の住宅着工件数は盛り返すんじゃないの?」と楽観しようとしている自分もいました。

ただ、「大幅に下回った」「頭打ち」「アメリカ経済に陰り」というフレーズが私の中でくすぶっていたのも事実です。楽観視をしようとする自分と、本能的に悲観的になっていく自分が混在していました。

「今後も日経平均株価は上昇し続けて19,000円、20,000円を突破していくに違いない」と楽観する自分。

「もしかしたら今の日経平均株価の頂点なのではないか。来月から17,000円、16,000円と下がっていくのではないか」と悲観する自分。

私の結論は、『とりあえず様子を見る』ということに落ち着きました。

投資信託を購入する際には3%の手数料を支払っています。私はグ配当を3000万円分購入したので、90万円の手数料を支払っています。売却してしまうと90万円の損失です。それはあまりにもったいないという気持ちもありました。

それに私は投資信託を始めて1カ月しかたっていない超初心者でした。投資信託を保有しているということだけでワクワクドキドキしているような状態ったのです。

そんな当時の私に『撤退』の二文字はありえなかったのです。

私は当時、『様子を見る』という判断は我ながら慎重な判断だと思っていました。

しかしそれは『NY株と日経平均が上昇しつづけるほうに3000万円ベットし続ける』という危険な判断を下したということにほかならなかったのです。

かくしてNHKの9時のニュースの不穏な話題は、私の中でもみ消されることになりました。

 

それからさらに1カ月たった頃、テレビのニュースからひとつの聞きなれない言葉が流れてきました。

「サブプライムローンが破たんするかもしれない」

というニュースでした。

 

『サブ』の意味は何となくわかる。

『プライム』の意味も雰囲気だけ分かる。

『ローン』は当然分かる。

 

でも・・・。

『サブプライムローン』とはいったい。

当時は私だけではなく日本人の99%以上は知らなかった言葉だと思います

プライムローンは一流の資金力がある人が借りるローン。それの『サブ』。つまり格下。要はあまり資金力のない人でも借りられるローンという意味でした。

あまり資金力がない低所得の人が家を建てるために利用していた住宅ローンのことをアメリカではサブプライムローンと言っていたのです。

それまでアメリカの景気は右肩上がりだったので、所得が少ないながらも失業率は低かったのです。だからこそサブプライムローンの返済も継続してできていたわけです。

アメリカ人というのは資産の半分を投資に回すことが常識らしく、それは所得が低い人も同じだそうです。だから、NYダウが上昇すると資産が少ない人でもそれなりに恩恵を受けるのだそうです。

仕事が安定していることとニューヨーク株の上昇によって、所得が低くても家を建てる人が増え、サブプライムローンを借りる人がたくさん増えていたわけです。

ところが・・・。

低所得者層のなかで住宅ローンの支払いが苦しくなって家を売却し、ローンを解約する人が増えてきたのです。

原因は所得に合わない額の借り入れをしたからです。サブプライムローンの貸し出し基準が緩いのをいいことに、調子に乗って大金を借りてしまったからです。

そもそも、こんなにゆるい基準の住宅ローンが存在したことが誤りだったのです。基準がゆるいローンは、銀行としては貸出額が増えるので最初のうちは金利でザクザクもうけられます。しかしきちんとした抵当を取っていないからローンを払えなくなる人が出てきたら、資金の回収ができなくなってしまうのです。

これによってサブプライムローンが破たんしてしまったのです。

 

それは「サブプライムショック」と言われました。

 

サブプライムショックによって、その年の秋までは好調だったニューヨークダウが下がり始め、それにつられて日経平均株価も下がり始めました。

日経平均の下げはNYダウよりもきつかったです。『アメリカがクシャミをすれば日本が風邪をひく』が現実となってしまったのです。

2007年7月には18,000円あった日経平均は、翌年の1月末には13,000円にまで下落しました。

NYダウと日経平均のきつい下げは私が保有していた『グローバル高配当株オープン(グ配当)』を直撃しました。

グ配当の基準価格はどんどん下がり、3000万円の価値が半年で2280万円にまで減りました。

私はたった半年で720万円を失ったのです。

とんでもないことをしてしまったと私は自分を責めました。投資の恐ろしさが本当によく分かりました。

今でも妻には内緒にしています。すべて自分ひとりの心の内に仕舞い込んできました。

現在はこの損失を取り返すことが私の投資目標となっています。

 

投資信託は村上ファンドではない

【ファイナンシャルプランナー浅野】

 

最近では「ノーロード型」という手数料が無料の投資信託も増えてきましたが、多くの投資信託は今でも3%程度の販売手数料がかかります。

1000万円分の株を購入するのであれば手数料は数百円で済みますが、投資信託を1000万円分購入しようとすれば30万円の手数料がかかります。

したがって投稿者のりんごさんが書かれている通り、投資信託は一度購入すれば基本的には長期保有するものです。

基準価格の値上がりによって30万円以上の含み益が発生するか、もしくは毎月の分配金の合計額が30万円に達するまで保有していないと、手数料分を回収できません。

これほど歩(ぶ)が悪い金融商品でありながら投資信託はよく売れます。投資信託を保有する人のうち、最も多い年代が60代と70代だということです。

かつて村上ファンドという資産運用会社が存在しました。集めたお金を運用して2倍にして返すという剛腕ぶりが話題になりました。

しかしそういった会社は富裕層しか相手をしてくれません。私のような資産の少ない個人投資家は相手をしてくれません。

ところが投資信託は1万円から購入できます。

「自分であれこれ考えて株を買ったりFXをしたりするより、一括してプロに任せたほうが安心だ」という心理が投資信託の売り上げに貢献しているのかもしれません。特に熟年層はこのように考えるのかもしれません。

しかし、村上ファンドと投資信託は決定的に異なります。

村上ファンドは預かった資金を自由に運用します。ドルが上がりそうならば円を売ってドルに投資しますし、国債が上がりそうならば株を売って国債を買うといった具合です。

いっぽう投資信託は運用方針が固定されています。どんなに日本株の先行きが怪しくなったとしても、「日本株に投資する」ということが決められている投資信託は日本株を保有し続けるという運用内容を変えられないのです。

競馬に例えるならば、「全レース、2番人気の牝馬を買う」という絶対ルールで誰かに馬券の購入を依頼するようなものです。そこに依頼された側の意思は介在しません。

投資信託の性格を知るのに最もわかりやすい商品があります。それが楽天トリプルブルと楽天トリプルベアです。この二つの商品は同じ会社が同時に販売しているものですが、一方は日本株が上がれば急騰するのに対し、もう一方は日本株が下がることで急騰します。

投資信託を購入するということは「提示された運用方針にかける」ということなのです。その運用方針の将来性を分析する見識がなければ、買うべきではない、というのが私の結論です。