(匿名希望 73歳 女性 無職 埼玉県)

 

堀江貴文。

それは人生も終盤に差し掛かり、あとは枯れていくだけの私たちに夢を見させてくれた希望の星でした。

黒い丸クビのTシャツを着たその若者は、ブラウン管の中で世の中の秩序に歯向かっていました。

その語り口には微塵の迷いもなく、その瞳は自信にみなぎっているように見えました。

若干33歳の彼の一言一言に世間は熱狂し、マスコミも彼にホリエモンとニックネームをつけてもてはやしたのです。

彼はライブドアという会社を経営していました。会社の場所は、成功を収めた大金持ち達の象徴とされた六本木ヒルズの高層ビルの中。

私にもそれがパソコン関係の会社であるということは分かりましたが、どうやってお金を稼いでいるのかはさっぱり分かりませんでした。

ホリエモンがテレビに出るたびにライブドア株はグングンと上がっていきました。

若干33歳の若者の会社の時価総額は8000億円にまで成長。

当時、ライブドア株を所有していた個人投資家は20万人以上いたそうです。

株価が上昇するたびに株式分割を繰り返すやり方も、天才ホリエモンのアイデアでした。分割することで株価が安くなり個人の投資家が買いやすくなると彼がテレビで言っていました。

当時、経営危機に陥っていたパ・リーグの近鉄バッファローズをホリエモンが買収すると手を挙げました。ライブドアバッファローズの誕生かと騒がれましたが、球界の古参たちの圧力で失敗しました。

しかしこのことで、ライブドアの認知度は一気に広まりました。連日、ホリエモンはワイドショーで取り上げられ、広報の女性も有名になるほどでした。

ホリエモンが世間を騒がすほどに、ライブドア株は上昇していったのです。

わたしを含めた個人投資家たちはライブドア株で儲けさせてもらい、ホリエモンのファンになっていきました。

わたしも1億円をライブドア株に投資し、評価額が1億2000万円にまで拡大しました。

決してスーツを着ず、ネクタイを締めないその若者は、わたしのスターでした。

ところがその日はやってきました。

2006年1月16日の夕方、ライブドアの本社やホリエモンのマンションなどが、東京地検特捜部の家宅捜査を受けたというニュース速報が流れました。

容疑は証券取引法違反。

わたしは悪い夢を見ているようでした。「あの彼がそんな悪いことをするはずがない。何かの間違いに違いない。」私の頭の中でいろんな思いが錯綜しました。

しかし私にも、証券取引法違反の容疑をかけられるということがライブドア株に致命的な打撃を与えることは容易に想像ができました。

ニュース速報が流れた1分後に、すべてのライブドア株を成行で売りに出しました。

強制捜査前のライブドアの株価は696円でした。

翌日から6日連続でストップ安。取引が成立しません。

7日目になってようやく155円前後で、私のライブドア株は全て売れました。

私がライブドア株に投資した1億円は、2000万円弱となって返ってきました。

8000万円以上の損失でした。

1億2000万円になった時点で売っておけばという後悔。どうして事業内容もよくわからない会社の株を1億円も買ってしまったのかという後悔。そもそも市場なんかに手を出さなければよかったという後悔。

ありとあらゆる後悔の念が私を襲いました。

しかし後の祭り。ライブドアとともに私の8000万円は消えていったのです。

今、不思議とホリエモンに対する恨みの気持ちはありません。

悪いのは、彼に陶酔して年甲斐もなく浮かれてしまった私自身なのです。

株は自己責任。恨む相手は自分だけです。

 

高齢者が退職金を投資していたライブドア

【ファイナンシャルプランナー浅野】

 

堀江貴文氏は東京大学在学中の1996年、企業のホームページを作成することを業務とする「オン・ザ・エッヂ」という会社を立ち上げました。彼が23歳の時です。

8年後の2004年には、M&Aによって買収した会社の名前であった「ライブドア」に社名を変更しました。

 

ホリエモンの若い頃

<オン・ザ・エッヂ創業当時の堀江貴文氏>

 

ライブドアショックが起きたのは投稿者の方の記述の通り、2006年の1月です。堀江貴文氏が社長をしていたのはちょうど10年間でした。

堀江貴文氏がメディアで騒がれ始めたのは2004年の6月30日です。彼は東京証券取引所で記者会見を開き、当時身売りを検討していた近鉄バッファローズ(現・オリックスバッファローズ)を買収するための交渉をしていると発表したのでした。

自信に満ちあふれた33歳の若きIT社長は一躍有名人となり、ワイドショーにも連日取り上げられました。

多くの個人投資家が「プロ野球の球団を購入できるということは随分ともうかっている会社なんだろう」と思ったことでしょう。

ライブドアの株価は急上昇しました。株価が上がると個人投資家が手を出しづらくなりますので、堀江氏は株式を100分割して株価を抑えました。そのことでさらに株価が上がりました。

 

<ライブドア株 強制捜査前後6カ月の株価推移>

ライブドア株上場廃止時株価推移位

(出典:ユリウスの株式投資

 

ライブドア株の上場廃止によって多くの投資家が痛手を負いました。特に高齢者が退職金を失ったという事例がたくさん報道されました。

当時の日本はバブル崩壊から13年の月日が経過しており、日経平均株価はその暗い記憶を忘れて順調に推移していました。それに加えて銀行の預金金利は下がる一方でしたので、退職金を定期預金に預けておくより投資に回すべきだという雰囲気がありました。

さらに堀江貴文氏という若者は高齢者の目から見るとキラキラと輝いて見えました。「生意気だけどほっとけない」「どこか応援したくなる」という魅力がありました。

そんな堀江氏が経営するライブドアの株に投資をすることで、「大金持ちになってみたい」という夢を重ねあわせた高齢者がたくさんいたのでした。

投稿者さんは最後に「恨む相手は自分だけ」とおっしゃっておられますが、それほど自分を恨む必要はないと思います。当時の堀江氏のカリスマ性には私も魅了されましたし、多くの個人投資家がライブドア株には無限の可能性を感じました。

長く投資を続けていると想定を大きく超えることに遭遇することが2度や3度はあるものです。そのような事象は誰も避けることができません。

重要なことは、想定外の事象が起きたとしても致命傷を負わない額で市場に参加し続けるということです。