(H.K 62歳 男性 無職 群馬県)

 

私は8年前に会社を早期退職し、退職金として2500万円を支給されました。

退職後も嘱託社員として会社に雇用してもらいましたので、とりあえずの生活費はそこからの給料で賄えました。

そこで、退職金の2500万円は老後のために70歳までは使わないでおこうと決めました。

当時私が調べた銀行の10年定期の金利は0.4%でしたので、そこに2500万円全額を預けておけば年間10万円の金利がつきます。

しかし、月に換算すると8,333円。少し物足りなく感じる自分がいました。

もっと金利のいいものはないかと調べ、10年物の個人向け国債にたどり着きました。

国債の金利は当時1.8%もありました。2500万円を投入すると年間45万円の金利がつく計算です。これもかなり魅力的でした。

しかし日本の財政が破たんする可能性はゼロではありません。そうなると国債は紙くず同然になるリスクがあります。

そんなことを考えながら投資先を研究していた私ですが、最終的にたどり着いたのが東京電力株でした。

当時、電力株は「超安定銘柄」と言われていました。

株は債券とは違い国がデフォルトしたとしても企業がある限り大丈夫です。さらに電力会社がつぶれることはありえません。

世の中の景気が悪くなっても電力需要はそれほど落ちるものではなく、株価の変動も少ないと言われていたのです。

それでいて配当がものすごくよかったのです。東京電力株の配当金はなんと1株当たり60円だったのです。

当時、東京電力株は2500円でした。

私は退職金の2500万円で東京電力株を1万株購入しました。

1万株なので配当金は60万円です。金利にすると2.4%です。

こんなに高い金利の商品は日本中、どこの定期預金を探してもありませんでした。

当時、私と同じように退職金を電力株に投下していた人は多かったと思います。電力株のうまみを知ってしまうと銀行にお金を預けるのは本当に馬鹿らしく感じました。

私は嘱託の年収240万円のほかに、60万円の不労所得を得ることができたのです。

ところが・・・。

あの日がやってきたのです。

東日本大震災の津波による福島第一原子力発電所の爆発です。

NHKで福島原発が爆発するシーンが流れた時、わたしは自分が見ているものが現実に起きていることだと信じることができませんでした。

放射能漏れによる汚染のことを心配しなかったわけではありません。

しかし私が心配していたことはただひとつ、東京電力株の値動きでした。私は最低な人間です。

1号機が爆発したのは12日の土曜日でした。したがって、市場は動いていませんでした。

株式市場が動き出したのは14日の月曜日でした。500円安のストップ安で引けました

翌15日の火曜日は400円安のストップ安。

翌16日の水曜日は300円安のストップ安。

翌17日の木曜日になってようやく、715円の株価で下げ止まりました。

震災直前に2121円だった株価が4日で715円にまで減ったのでした。

悪夢でした。

売ってしまうことも考えました。

しかし、損失を確定させてしまうことがどうしても嫌でした。

持っていれば配当はもらえるし、原発が落ち着けば株価も戻るかもしれないという期待もありました。

ところが。

配当金はゼロとなることが決定し、2012年11月30日には株価は120円になりました。

私の2500万円は120万円になりました。

現在も私は東京電力株を売却していません。売らなければ損失はあくまで含み損です。

10年間は塩漬けにする覚悟を決めています。東京電力の株価は一切チェックしません。

 

退職金で東京電力株を購入していた熟年層

【ファイナンシャルプランナー浅野】

 

東北地方の福島県にある原子力発電所が、実は関東地方に電気を供給する東京電力の発電所であったということを、震災前に何割の日本人が知っていたでしょうか。

国内の原子力発電所における爆発事故の映像を目にし、日本の国民が放射能汚染により転居を余儀なくされるということを想定できた人がいたでしょうか。

私は東日本大震災発生の20年ほど前に、ある原子力発電所に併設されているPR施設を訪れたことがあります。そこで、人差し指の先っぽ程のプルトニウムがあれば、ひとつの町の1年分の電力をまかなえるということを知りました。さらに原子力発電所の安全装置は何重にもなっており、いかなる自然災害にも耐えうるようにできているということを教わりました。

施設を出た時の私は、地球上の全ての発電を原子力発電に切り替えるべきだと思っていたほどでした。

震災前、投資家の電力株に対するイメージといえば「配当金はいいけれど値動きが少なくて投資家にとっては面白味のない株」というものでした。それほど安全な株だということでもありました。

定期預金に預ける代わりに東京電力株を購入しておいたという投稿者のH.Kさんの行動はそれほど非常識なものとは言えず、むしろ控えめな運用の仕方だと言ってもよいほどでした。

退職金を受け取った人の多くは、住宅ローンの残債の一括支払いに充てるでしょう。それでも残った退職金をどうしようかと考えるときに、ただ銀行に眠らせておくのはもったいないと思うのは当然のことです。

どのようなタイミングで大きなお金が必要になるのか予測できませんから、途中で解約すると損をする定期預金に預けてしまうのは少し抵抗があります。しかし株であればそのような期間に関する制約はありません。

さらに東京電力株であれば60円の配当金がつきましたし、退職金の運用先としてかなり上位にランクされる選択肢のひとつだったのです。

市場に長く関わっていると、時には自分の想定を大きく超える出来事が起きるものです。しかし、それも含めての投資生活です。それが投資の怖さであり、おもしろさでもあります。

想定外の事を経験することで投資家としての危機意識が醸成され、同じ轍(てつ)を踏まないためにどうすればよいのかを考えるようになるのです。