(ともはる 30歳 男性 IT関係 島根県)

 

「死にたい!死にたい!死にたい!」

株で1200万円を失った私は、何かにつけ「死にたい」という言葉が口を突いて出てしまいます。

1200万円を失ったからといってヤクザに追われているわけでもないし、明日から食うに困るわけでもありません。家族を養っていくために生命保険目当てで自らの命を絶たないという状況でもありません。

でも「死んだらラクになる」と思ってしまう自分がいることは確かなのです。

貯金から1200万円が消えただけですが、生きていることがつらいのです。

「死にたい」なんて言葉を簡単に口にしてはいけないことも分かっています。

生きたくても生きられない人がいることも知っています。そんな人たちの前でも「死にたい」なんて言葉を口にできるのかと言われると何も言い返せません。

しかし、もし死ぬことができたらこのつらい記憶から解放されると思ってしまうのも事実なのです。

本当に死ぬ勇気があるわけではないけど、私は死にたいと口ずさみたいのです。

「死にたい。死にたい。死にたい。」

そう言い続けていると、少しだけ気持ちがラクになります。

「1200万円失ったくらいで死ぬことはないでしょ」と、誰かに言ってもらえる気がするのです。

 

株で損をして死にたくなるという気持ちについて

【ファイナンシャルプランナー浅野】

 

1200万円を失うということは、手取り年収が300万円の人であれば4年分の労働を失うということでもあります。労働を失うということはそれに費やした時間も失うということです。

失うものはそれだけではありません。

1000万円以上の資産を持っているというステータスが失われます。一度手に入れたステータスを失うことは本当につらいものです。

さらに、投資で利益をあげる能力がある、と思っていた自分に対する自信も失われます。人がうつ病になる原因として「自信を失う」ということがかなり上位に来ることが知られています。

つまり株でお金を失うということは、同時に「労働」「時間」「ステータス」「自信」を失うということだとも言えます。

ただ、だからといって死ぬ必要はありません。犯罪を犯したわけでもないし、ネットに名前が晒(さら)されたわけでもありません。

それでも死にたいと思うのは、人が喪失感に弱い動物だからです。ずっと大事にしてきた家族、仕事、家、畑、などが自然災害などである日突然奪われた時、死を選択する人は多いのです。

人間はどんなにつらい状況であったとしても、将来に目標や希望を持つことができればイキイキとしていられます。

貧困な家庭に生まれた子供でも「将来プロ野球選手になって両親に豪邸をプレゼントするんだ」という目標を持っていればハツラツとしていられます。

逆に裕福な豪邸の家族に生まれた子供であっても、好きな仕事に就くことが許されず、将来の結婚相手も親に決められるという未来しか待っていないとすれば、生きることがつらいでしょう。

1200万円もの大金を失ったともはるさんは未来を失ったわけではありませんが、多くのものを失ったという記憶が生きていくことをつらくさせるのは確かです。

「生きていくことがつらい」ということを極端に言い換えれば「死にたい」となるわけです。投稿者のともはるさんは「生きていくことがつらい」という感情を「死にたい」という短絡的な言葉で表現しているだけです。

「死にたい。死にたい。」と言葉にすることで、ともはるさんが少し癒されるという気持ちもよく分かります。

「死にたい」という言葉を口にすると、「いやいや。死ぬほどのことじゃないでしょ。死んでどうするの。」と、冷静な返答をする自分が現れます。

株で大損をしたときは存分に落ち込み、好きなだけ「死にたい」と言えばいいと思います。大損をするという地獄を経験することは投資家にとって大切なことです。

最初から運よく大勝ちできた投資家は、調子に乗っていずれ大きな損失を被るということは歴史が証明しています。