(マスタング 51歳 男性 会社員 秋田県)

 

私はこれまで、22年間に渡って市場に挑み続けている。

株、投資信託、金、FX。何でもやってきた。

現在、総額1020万円のマイナスである。

これまでの投資人生において私は何度も損切りをし、損失を確定してきた。

損失を確定させるという行為は、私の市場に対する精一杯の抵抗だ。

損失は確定してしまえばそれ以上拡大することはない。ビクビクおびえながら生活することもない。

『私は市場から撤退してやったんだ。もう二度と市場なんかには戻ってやらない。ざまあみろ。』

そう思うことができる。いや、そう思おうとしてきた。

『お金は働いてためるのが一番の近道だ。給料が安くても、マイナスになることはありえない。でも投資はマイナスになる。働くことが最強だ。』

と。

損失を確定した直後は真面目に働いてお金を稼ごうと決心した。

仕事中にトイレで日経平均株価をチェックする必要もなくなった。

「これで私は真面目に仕事に集中できるようになった。」

そう思うように頑張った。

しかし・・・。

自分で自分をだますことはできなかった。

自分の年収以上の大金を市場で失ったという記憶を消すことはできない。仕事をしていてもその記憶が私を鬱(うつ)にした。

1020万円もの大金を失っておきながら毎日安い給料で働いているという現実に、そこはかとない滑稽さを感じた。

まわりのみんなはどうだ。投資になんか最初から目もくれずに真面目に働いている。日経平均の上げ下げなんかどこ吹く風でコツコツと働いている。なんて賢いのだろうか。

それに引き換え、私は・・・。

仕事に集中することによって大損をした事実を忘れようとしたが、それはできなかった。

プライベートの生活においても地獄は待っていた。何をしていても楽しくなかった。

バラエティ番組を見ていて一瞬笑っても、その直後に1020万円を失った記憶がよみがえり笑顔が消えた。大金を失っていながらテレビを見て笑っている自分が滑稽だった。

どこかに出かけようという気もうせた。どうせ何をやっていてもどこに行っても楽しくないのだから、家でじっとしておこうという気になった。

家にいる間はやはり日経平均株価が気になった。日経平均を見ながら思っていること。それは、

『下がれ。暴落しろ。』

ということである。

日経平均が下がった日は地獄の感情が少し癒された。『もしあのまま投資信託を持っていたら損失が拡大していた。あの時売っていてよかった。私は正しい判断をした。』と思えたから。

2ちゃんねるをよく見た。株式板に『ブラックマンデー』というスレッドがある。ブラックマンデーとは1987年10月19日の月曜日、たった1日でNYダウが22.6%暴落した事件だ。そのスレの住人は、ひたすらブラックマンデーが再来することを願っている。私もその一人だった。

ブラックマンデーのような事態が再び起これば、自分が市場から撤退しておいてよかったと思える。自分が投資信託を売り払って損失を確定したことが正しい判断だったと心から思える。だから、ブラックマンデーが起きて欲しかった。

ブラックマンデーのスレッドには「明日ブラックマンデーが起きる」という書き込みが多く、期待を持たせてくれた。

しかし、ブラックマンデーなんか起きなかった。

投資で損をした人のブログを探して読んだ。自分と同じように投資で損をしている人の経験を読んで癒された。この掲示板にもそれでたどり着いた。

自分以上に損失を出している人の話は救われた。追証が発生してPC画面が真っ赤になった画像などは特に癒された。

私はいつの間にか他人の不幸を探すようになっていた。

しかし他人が投資で損をしているという事例をたくさん知ったところで、自分が大金を失ったという事実は変わらない。投資で大金を失ったという事実に、私の心は押し潰されそうになる。

信じたくない。今、自分の身に起きていることは現実ではない。夢うつつの状態がつづいている。

どうしてこんなことになったのだろうかと、私は最近よく考えるようになった。

日ごろの行いが悪いから神に見放されたんだと思おうとしたこともある。神様が決めたことなら仕方がないとあきらめがつくような気がした。

しかし私がどれほど悪い行いをしたというのだ、という気持ちも湧いて出る。真っ当に生きてきて、人にも親切にしてきた。そんな私がどうしてこんなひどい目に遭わなきゃならないんだと、怒りの感情が湧いてくる。

悪いことをしなくても、欲深い人間には神様は罰を与えるのかもしれない。

何をしていても頭の中で損失のことをグルグル考える。いろんな感情が湧いては消える。

私は損失を確定するたびに市場を撤退する決意をする。もう二度と投資なんかしないと心に誓う。真面目にコツコツ働くと心に誓う。

しかし、逃げられない。

逃げようとしても、1020万円を失ったというショッキングな記憶が私を追いかけてくる。市場は撤退しても追いかけてくる恐ろしい魔物だ。

だからわたしはこれからもずっと市場に向き合い続けるのだ。

 

 

大損をした人は市場に居続けたほうがいい

【ファイナンシャルプランナー浅野】

 

私も投資信託での含み損が450万円を越えた時に「もう、ダメだ。このまま続けていたら全ての資産を失ってしまう。もう逃げよう。」と決断し、すべての投資信託を売却したことがあります。

投資信託を解約するために出向いた銀行の窓口の女性が「基準価格が購入時に比べてかなり下がっていますが、全て売却されるのですか?」と言ってきました。私は平静を装って「はい。構いません。」と答えました。

窓口の女性は心の中で「なにもこんなに下がったときに売らなくても、ずっと持っていればまた上がるかもしれないのになぁ。」と思ったことでしょう。

しかしそれは、他人事だから思えることなのです。含み損が自分の年収額にまで拡大し、さらに拡大していくかもしれないという恐怖がどれほどのものか。それは経験した本人にしか分からないものです。

ところが全ての投信を売却したあと、この恐怖の感情が敗北感へと変質し、私の心の中を埋め尽くしました。

投稿者のマスタングさんが「市場は撤退しても追いかけてくる」と言う表現が私には本当によくわかります。市場を撤退して半年ほどたっても、私の中の敗北感は消えてくれませんでした。

耐えきれなくなった私は再び投資信託を購入しました。すると、自分の心がフッと軽くなったことを覚えています。

大損を取り戻せる可能性がゼロではなくなったという事実が、それまで固定化されていた敗北感を流動的にさせたのだと思います。

敗北の状態であることは間違いないのですが、市場に参加し続けている限り、それは一時的なことだと捉え直すことができたのでしょう。

とにかくどのような形であれ市場に参加し続けていれば、いつの日か含み損が解消するかもしれないという希望を持つことができます。人は希望を持ち続けている限りは、現状が悲惨であっても前を向いて生きていけるものです。