(匿名希望 55歳 男性 プログラマー 山口県)

 

私は5年前から投資信託を3本持っているが、3本とも基準価格が値下がりしている。3本合わせると550万円の含み損が発生している状態である。

「売らない限りは含み損であり、確定した損失ではない。」などと言う人がいるが、そう言えるのは他人事だからだ。

購入した時よりも550万円価値が下がった投資信託を保有している私の気持ちがお分かりではない。

売却しなければいずれ元に戻るかもしれないという期待が無いわけではない。しかしそう思うと同時にさらに下がっていく恐怖も強い。

550万円を損したという憂鬱のうえに、そんな苦しい葛藤にも悩まされる。

投資信託を購入するときはかなりの確率で値上がりすると期待した。数ある投資信託のなかで「これなら値上がりするかもしれない」と自分の琴線に触れたからこそ購入した。

それがジワジワと値を下げていく惨めさといったらない。値上がりすると予測した意地が邪魔して売るタイミングをどんどん失う。

塩漬けが失敗して腐りかけている投信を3本も抱える悲しさ。儲けられると期待に胸躍らせて購入したあのころの私はもういない。

含み損にひたすら耐えるだけの、なんの面白味もない日々がただ流れていく。含み損を抱えるというのは本当につらい。

考えてみれば私の投資人生で含み益が発生していた期間はほとんどない。トータルで2週間くらいしかないのではないだろうか。

残りの期間は全て、含み損の金額が減ることをひたすら願っている気がする。

私のように大きな含み損を抱えている人間が何を希望としているかご存じだろうか。

「これだけ大きな含み損を抱えるということは、逆に大きな含み益を抱えられる可能性もある」ということだ。

買うタイミングさえ間違わなければ逆に550万円の含み益が発生したかもしれないという希望が投資信託にはあるということだ。

今の含み損が解消すれば、今度こそはタイミングを間違えずに値上がりする投資信託を購入しようと心に誓う。

550万円という大きな金額は、投資信託が秘めている可能性の裏返しでもある。

含み損に対する耐性がどんどん強くなっている気がする。550万円もの含み損を抱えると、逆にお金に関してケチではなくなってくる。

100円、200円をケチることがバカらしくなってくる。万札を差し出すことに、それほど抵抗がなくなる。

お金にケチケチできる人というのは、自分の資産をきっちり管理できている人だと思う。大きな含み損を抱えると、そういうメンタリティは保てなくなる。

 

含み損に対する私の考え方

【ファイナンシャルプランナー浅野】

 

私も含み損が1千万円まで拡大したことがあります。2億円の財産があって1千万円の含み損が発生したのであれば涼しい顔をしていられるかもしれませんが、私の場合は2千万円の財産からスタートして、1千万円の含み損です。

含み損という表現の仕方からは「一時的なかりそめの損失」という印象を受けますが、抱えている本人にとっては損失にほかなりません。

私にとって1千万円の含み損を抱えるということは、資産の半分を失ったことと同じでした。

1千万円の貯金をした人と、2千万円貯めて1千万円損をした人は、同じく「資産1千万円の人」です。その違いは、「1千万円を投資信託で失ったという経験値」のみです。1千万円という授業料で投資の怖さを知るという経験値を積んだことのみが、他の1千万円の貯金がある人に対して誇れるアドバンテージなのです。

しかし大損をしたからといって投稿者さんのように悲観的になりすぎる必要もないように思います。

大きな含み損を抱えてしまったということは投資に参加してからの景気が運悪く下向きだったということです。つまり投資に参加している人のほとんどが損をしている時期なのです。

景気が下降と上昇を繰り返すことはマクロ経済学が証明しています。それに、上がったものはいずれ下がり、下がったものはいずれ上がるしかありません。

もしあなたが大きな含み損を抱えて自暴自棄になり、そこで投資の世界から身を引いてしまうと、景気の底に置き去りにされてしまいます。

どれだけ損をしていたとしても、投資の世界に身を置いておくことが重要です。あなたがどれだけ人生を悲観して酒におぼれていても、日経平均が上昇する時がきます。

それは1年後ではないかもしれません。しかし経済を取り巻く環境は、5年も経てばガラリと様相を変えます。5年なんてあっという間に過ぎ去ります。

含み損を抱えているということは犯罪を犯したわけでも、大切な人を失ったわけでもありません。当面は使わない余っているお金が一時的に額を減らしているだけの状況です。

何も陰鬱な顔で過ごす必要はどこにもありません。投資や含み損のことは完全に無視をして生活をすればいいだけです。

「いやいや、そうはいっても含み損のことは頭から離れないよ。」とあなたは言うかもしれません。

しかしあなたが24時間含み損のことを考え続けたとしても、景気の回復スピードが上がるわけではありません。逆にあなたが記憶喪失になって含み損のことを忘れたとしてもいずれ景気は回復し、含み損は消えていきます。

含み損があるからといって人生を楽しめないというのはおかしな話です。人生を楽しむための一環として投資をやっているわけであり、含み損が発生してハラハラすることも含めて投資のおもしろさです。

大きな含み損を抱える経験を経るからこそ回復したときの喜びがあり、利益が出た時の喜びが大きいのです。